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赤あざ7

床ずれ⑥情報編 在宅介護にも予防プランを 「床ずれ」 (褥瘡)は、同じ場所が圧迫され続けるとできる。日本褥瘡学会の「在宅褥瘡予防・治療ガイドブック」などによれば、自分で姿勢をかえることや寝返りするのが難しく、日中の多くをベッドや車いすで過ごす▽十分な量の食事がとれずに栄養状態が悪い▽やせて骨が出ている▽尿や便の失禁が続く-といった人たちがなりやすい。 2006年の同学会の実態調査によると、床ずれを起こした人の割合は、一般病院で2・2%、特別養護老人ホーム2・5%、老人保健施設2・7%に対し、訪問看護は8・3%と、施設よりも在宅の方が高かった。 金沢大医薬保健研究域保健学系の須釜淳子教授(創傷看護学)らは、08年に全国の訪問看護ステーションの中から床ずれの患者445人のデータを集め、予防や管蓮法のほか、できやすい場所、要介護度などを分析した。 床ずれは骨が出っ張ったところにできやすいが、最も多かったのは「患者を生きる・床ずれ」で紹介したニツ木君子さんと同じ骨盤の仙骨部で35%。次いで、かかとの骨10・1%、太ももの大腿骨の上端9・9%だった。 患者の割合を要介護産別でみると、要支援1~要介護2では0~4%だが、要介護3になると12・4%に増え、要介護4は18・2%、要介護5では甲5%を占めた。 要介護3以上だと、自力で立ち上がったり、歩いたりするのが難しく、排泄や入浴、着替えも介助が必要な人が多い。床ずれになりやすい条件にも当てはまる人が増えてくる。ガイドブックでは「要介護3以上の人には、必ずケアプランに床ずれ予防を入れ込む」としている。 同学会の在宅医療委員会委員長、南由起子さんは、今後、在宅での床ずれの予防やケアがより重要な課題になると指摘する。必要とする医療や介護のレベルが高い人が在宅で過ごすことや、高齢者が高齢者を介護する「老老介護」が増えてきているためだ。 栄養状態が悪くなったり、動けなくなったりすると、肺炎などにもかかりやすくなる。床ずれを予防することは、ほかの病気や状態の悪化を防ぐことにもつながるという。 「自分で動くことが難しくなってきたら、床ずれの予防や早期治療にもつなげられるよう、訪問看護をケアプランに入れた方がいい。ケアマネジャーに相談して下さい」。南さんはそう助言する。   (寺崎省子)

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出典 朝日新聞
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赤あざ6

床ずれ③  広がる穴 2度の切除手術 横浜市港南区のニツ木修身さん(74)の妻、君子さん(77)は、腰にできた10円玉大の床ずれが治らず、どんどんひどくなった。 ケアマネジャーの紹介で、2008年9月17日、区内のふくろ皮膚科の袋秀平院長が自宅を訪れ、診察してくれた。床ずれは直径約6㌢、骨盤の仙骨のすぐ上までの深さだった。l週間後に訪れると、近くに直径約1㌢の別の穴が開いていた。 10月1日、修身さんは君子さんを伴い、元々患っていた進行性の神経難病などの定期診療で、横浜市立大病院を訪れた。主治医が床ずれを見て「これはひどい」と、入院の手配をしてくれた。壊死するなど悪くなった組織を切除する手術を受けた。 14日、君子さんは退院した。順調にいけば、傷は「肉芽」という組織ができてふさがれるのを待つだけだった。袋さんは週に1回の訪問診療を再開した。 しかし、23日の訪問の後、床ずれは悪化していた。11月3日に袋さんが訪れたときには感染を起こし、うんでいた。悪臭もあった。袋さんは「悪くなった組織をもう一度切除する必要がある」と判断。最終的には傷を閉じる手術も必要なことから、床ずれの治療で日ごろから連携している医寮機関の一つ、市立大付属市民総合医療センター(南区)の再建外科の佐武利彦准教授に連絡した。 連絡を受けた佐武さんは、院内での受け入れ態勢の調整に入った。失禁ケアや床ずれの治療・管理などの専門知識と技術がある日本看護師協会認定の皮膚・排泄ケア認定看護師の井口美奈枝さんは、自動で体圧を分散して除湿する高機能エアマットレスを用意した。 3日後、君子さんは入院した。身長143㌢の君子さんの体重は30キ㌔体格指数のBMIは14・6で「低体重」の判断ラインとなる18・5より大幅に低かった。床ずれは6~9㌢大で、仙骨に触れる深さ。詳しく調べると、さらに上に4㌢、左側に9㌢ほどの穴もできていた。 再建外科の黄聖琥医師が主治医となり、君子さんは壊死したり、うんだりした部分を切除する手術を受けた。 修身さんは自宅での介護を希望したが、床ずれになる要因を探って改善しなければ、退院後に傷が再び悪化する可能性があった。井口さんは担当看護師らと、修身さんの希望を聞きながら、介護環境を整えることにした。

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赤あざ5

床ずれ②  薬塗っても悪化、別の医師に相談 横浜市港南区のニツ木修身さん(74)は2008年4月、妻の君子さん(77)の腰に、十円玉大の赤みがあるのに気付いた。 近くの医療機関で床ずれを意味する「褥瘡」と診断され、修身さんは殺菌と傷を治す作用のある薬をガーゼにぬって、毎日交換した。しかし、赤みはどんどん大きくなり、ただれが進んでいった。 「痛いだろう、かわいそうに。一体、何がいけないのか」。修身さんは責任を感じていた。「薬を塗っても、大きくなっているんですが」。医療機関の医師に相談しても、「薬を塗ってください」といった助言しか、かえってこなかった。 君子さんは、区内の特別養護老人ホームが併設するデイサービスに週2回、通っていた。修身さんは塗り薬とガーゼを持たせ、デイでの入浴後に貼り替えてもらっていた。 9月のある日、デイサービスの看護師が「ひどくなってきていますね」と声をかけてくれた。この特養には床ずれに詳しい医師が来て診療しているという。「一度、診てもらってはどうですか」と、看護師は提案した。 ケアマネジャーに相談すると、特養に来ている同区のふくろ皮膚科クリニックの袋秀平院長を紹介してくれた。袋さんは日本褥瘡学会の「在宅褥瘡予防・治療ガイドブック」(08年)の作成に携わっていた。 9月17日、袋さんが自宅を訪れ、君子さんを診察。床ずれは骨盤の仙骨の上の部分。よくできる部位の一つで、直径約6㌢あった。傷の深さは皮下組織を超えて、骨のすぐ上まできていた。 袋さんが食事について聞くと、「口から、自分で食べています」と修身さん。日中、君子さんは車いすで過ごしていると聞き、袋さんは「ドーナツ形の円座はやめ、低反発のクッションにして下さい」と指示した。 傷を洗って清潔に保つことも大切という。袋さんは洗い方も教えた。 毎日1回、傷からしみ出す体液が多いときは2回、低刺激の洗浄剤の泡でやさしく洗い、ふたに穴を開けたペットボトルに人肌の湯を入れてきれいに流す。水は紙おむつなどで吸い取る--という具合だった。 そして、「車いすに座るときは、傷のある場所に圧力がかかり続けないよう注意してください」といった助言をし、それまでとは別の塗り薬を処方した。

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赤あざ4

床ずれ①  車いす生活腰に赤いただれ 「このところ毎日、焼きそばだな」 横浜市港南区の二ツ木修身さん(74)は約7年前、妻君子さん(77)の異変に気付いた。もともと料理は得意だったのに、同じようなメニューが数日間、続くようになった。 「どうしたんだろう」 気になることは、ほかにもあった。息子の妻らへの物言いがきつくなった。近くのスーパーヘ出かけたが、すんなり自宅に戻れず、警察から連絡を受けたこともあった。 2003年5月、横浜市立大病院(横浜市金沢区)で認知症と診断され、アルツハイマー病治療薬を処方された。君子さんは、自宅l階で開いていた琴の教室を閉じた。 やがて腰が曲がり、手が震える症状が出た。06年秋、同病院で認知症に加え、パーキンソン病の疑いもあると言われた。 年明けには歩くことが難しくなり、7月ごろには、日中のほとんどを車いすで過ごす生活に。同病院を再度訪れ、パーキンソン病に似た進行性の神経難病の一つ「大脳皮質基底核変性症」だと診断された。 君子さんは、デイサービスヘ週2回通った。ほかの日は天気が良ければ、修身さんが君子さんを週に2度は車で鎌倉などへ連れて行き、光明寺で桜を見たり、報国寺の竹林を眺めたりして、車いすでの散歩を楽しんだ。 食事も修身さんが1週間のメニューを考え、買い物をして、夫婦2人分を作った。 「私に何かあったらどうするの。料理ができないと困るわよ」。修身さんは以前、君子さんからそう言われ、時々、台所に立っていた。だから苦にならなかった。 08年4月3日、お風呂で君子さんの体を洗っているときに、腰の下の方に、十円玉大の赤みができているのに気付いた。皮膚科もある医療機関に連れて行った。 「これ、何でしょうか」。尋ねる修身さんに、医師は「褥痩ですね。床ずれのことです」。寝たきりの人や車いすの人に多いという。修身さんにとって初めて聞く病名。同じ場所が長時間圧迫を受けることで、皮膚などの組織が壊れてただれることだった。 殺菌と、傷を治す作用がある塗り薬を処方され、「ガーゼに薬を塗って、褥瘡の上に貼ってください」と指示された。修身さんは毎日、言われた通りにガーゼを貼った。しかし、床ずれでできる赤いただれは、どんどん大きくなっていった。   (寺崎筈子)

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赤あざ3

赤あざ④  和らぐ痛み 病気に対して前向きに 札幌市の会社で働く女性(44)は30代半ばから、左足の痛みや腫れに悩まされていた。 皮膚科や整形外科などいろいろな医師にかかったが、症状は悪くなるばかり。先が見えず不安が募ったころ、KKR札幌医療センター斗南病院にある血管腫・血管奇形センターの佐々木了センター長の存在を知った。 昨年4月に受診した。佐々木医師は、これまでの症状を細かく質問してきた。「さすが専門の先生だな」。女性は驚いた。同時に、自分の詰もじっくり聴いてくれると感じ、気持ちが少し楽になった。 MRIや血管造影の結果、女性のあざは混合型血管奇形の一つで、肌の表面近くにある毛細血管と、筋肉内の静脈の奇形が同時に起こることで、ひざの周りの腫れや痛みにつながっていることがわかった。 血管の奇形をつぶすため、血液中にあるヘモグロビンに反応する色素レーザーを当てる治療が始まった。薬剤で血管を固める硬化静法もした。ふくらはぎからももにかけて、数回に分けて注射した。血管が焼けるような感覚がした。 「勤務先に申し訳ない」と感じながら約1年半、同院への入院や外来で治療を続けてきた。あざは、少し薄くなったと思える程度の変化だが、ひざ周りの痛みは和らいだ。 血管の奇形が治ったわけではない。最近はむしろ、奇形のために、肌の表面のでこぼこが日立つようになってきた。左足は全体的に太くなってきていて、昨年まで履いていたブーツが入らなくなった。 混合型血管奇形はまだ治療法が確立していない。だから劇的に良くなることは期待しないようにしている。「一喜一憂せず、先生を信じて、手探りの治寮を続けていこう」。以前のような不安は、もう感じていない。 佐々木医師を頼って全国から患者が集まる。我が子のために、必死に情報を集める親たちがいる。混合型血管奇形の難病指定を求める動きもある。「自分にもできることはないか」と患うようになった。足の血流が滞っで痛みを起こさないよう、患者の多くは医療用スト一ッキングで足を圧迫する必要がある。1足数千円もするのに、デザインがみな同じで、包も3種類くらいしかない。女性にはそれが不満だ。 「みんなでメーカーに改善をお願いしたい」。そんなことを考え始めている。

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赤あざ2

赤あざ③  原因不明の痛みおさまらず 札幌市の会社で働く女性(44)は、左足のつま先から尻にかけて、赤いあざが張りついたようにある。 「これ、同じ病気じゃないかい?」 昨年初め、地元の市議会報を手にした母にそう言われた。複数の血管の形成異常で起こる「混合型血管奇形」を難病に指定するよう、国に意見書を出したとする記事。この病気はあざのような症状が出る、とあった。 あざは、赤ん坊のころからあった。 血管の奇形が原因らしいことは、当時の医師から何となく聞かされていたが、詳しいことはわからなかった。小学校ではなるべくジャージーを着てあざを隠した。 4年生のころ、「どんな痛い思いをしてもいいから、あざを治したい」と母に頼んだ。だが、当時は小学生の自分に合った治療法がなく、病院であざを目立たなくするファンデーションを教えられた。毎朝、母に20~30分かけて塗ってもらった。 「特別扱いできない」と、中学校でジャージーの着用が認められなくなると、割り切ってあざを隠さなくなった。バレー部に入り、足が隠れないふつうの練習着で活動した。高校時代は海に行き、水着姿で遊んだ。 短大を出て就職してからも、同僚と同じ制服のスカートをはいた。他人の視線が気になったが、「どう思われてもいい」と自分に言い聞かせていた。 30代半ばごろ、左ひざがビリビリ痛み始めた。トゲが刺さったように感じた。 ひざのやや上にごま粒大のしこりがあった。痛みの元のように思えて、気になった。やがてひざ全体が腫れだし、近くの整形外科に行った。「あざが関係しているかも」と指摘され、皮膚科で腫れた場所にレーザーを当てた。でも何も変わらなかった。 その後、左足に静脈瘡という血管のこぶが見つかり、手術した。それでも痛みや腫れは治まらない。原因がわからないまま、痛みの範囲が徐々に広がっていった。 このころ知り合った年配の女性に「あなたのあざを見たくない人もいるんじゃない?」と言われた。想った事もない考えだった。 市議会報を見たのは、そんなころ。 インターネットで調べると、KKR札幌医療センター斗南病院の佐々木了医師が専門だとわかった。「この先生に診てぼしい」。光が差したような気がした。

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赤あざ1

赤あざ①  レーザー治療10年、効果実感できず 「何とかなるって、大丈夫」。札幌市の女子高校生(16)は、楽しみにしていた小学校の運動会の直前に足をねんざした時も、両親に学校の成績を心配される時も、いつも笑顔でこの言葉を返してきた。 小さいころから楽天的な娘のあっけらかんとした明るさに、「随分助けられてきたな」と母(43)は思う。 生まれたときから、柔らかくふっくらした顔の右半分に赤いあざがあった。 「妊娠中におなかをぶつけるか何かしたんでしょうか」と詰め寄る母に、大学病院の医師は「原因はよくわかっていませんが、お母さんのせいでも遺伝でもありません」ときっぱり言った。 赤あざは、青あざと違って皮膚そのものが赤いわけではない。血管内に良性のしこりができるか、血管の形成が異常なために皮膚の表面が赤く見える。異常な血管が盛り上がって出血や神経の圧迫が起きると、視力や知能、運動機能にも影響が出る。 女子高校生のあざは「単純性血管腫」。毛細血管が異常に発達するタイプだ。旧ソ連のゴルバチョフ元大統領の頭のあざと同じという。目や脳内に異常は見つからなかった。 1歳過ぎ、生まれた病院の形成外科であざにレーザーを当てる治療が始まった。血液中のヘモグロビンに反応する「色素レーザー」を使い、異常な血管をつぶす方法だ。幼いころは全身麻酔で照射を受けたが、小学生になると外来での部分麻酔になった。 診察室のベッドに横になり、目を保護するゴーグルを着けると、治療の様子は見えなかった。パシュッ、パシュッという音とともに、針で刺されたような痛みが走った。数分の治療だが、長い時間に感じた。その間ずっと息を止めて体を硬直させ、付き添う母の手につめの跡がくっきり残るほど強く握った。 学校は楽しく、あざがどう見えるかば気にならなかった。けれど、治療から約2週間は、日に焼けないよう外で遊べなかった。衝撃で出血しないよう屋内での体育の授業も休んだ。運動が好きなのに、思いっきり体を動かせないのがつらかった。 あざが薄くなったという実感はなかった。血管が盛り上がってこないことだけを願って10年以上、ほぼ休まずに治療を続けてきた。 中学校に入って環境が変わるのを機に、しばらく休むことにした。

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青あざ3

青あざ③  レーザーで治療素顔で外へ 札幌市の岸田美智代さん(53)は、左ほおのしこりの治寮で訪れたKKR札幌医療センター斗南病院(札幌市)で、レーザーを当てて顔の青あざ「太田母斑」を薄くする治療法を知った。 2008年秋、石のもみ上げの下の約1㌢四方に、テスト照射を受けた。効果やダメージを見るのが目的だった。.五つぼどの輪ゴムで同時にはじかれたよな痛みを感じた。 使われたのは、「Qスイッチアレキサンドライトレーザー」。原因となる過剰に集まったメラニン色素を破壊する。 太田母斑の治療は以前、ドライアイスで凍傷を起こしてはがしたり、皮膚を移植したりしていた。現在は、レーザーを3~5回ぼど照射するのが一般的で、健康保険も適用されている。 テスト照射を終えた岸田さんは、「本当にき丸いになるのかな」と思小ながら、治寮を受けることにした。入院し、全身麻酔であざの一部にレーザーが当てられた。直後はヒリヒリするように痛んだ。1週間後、初めて自分でガーゼをとって患部を見ると、熱の影響で患部が赤黒くなっていた。 医師からは「数週間で黒さがひいて、あざの包も薄くなる」と説明されていたが、「本当に元に戻るのかな。何もしないぼうがよかったかも」と気持ちが滞れた。 その後、確かに果さはひいたが、あざの色が薄くなったとは感じなかった。それでも、「先生の言葉を居じてみよう」と思い、4~6カ月おきに範囲を広げながら、照射を受け
続けた。 「だいぶ薄くなったな」。4回目の照射を終え在今年初め、自宅で鏡を見て、そう感じた。それからは、ファンデーションを塗らずにスーパーに出かけるようになった。6月には5回目を受けて、いまは肌にうっすら青みがかかる程度。ほとんど日立たないまでになった。家族や友人には「本当に白くなったね」と言われた。 高校生のころ、友人にファッション誌のモデルへの応募を勧められたが、髪を高く結えば化粧でもあざを隠しきれない、と断った。女優、客室乗務員、看護師。あこがれた職業も、すべてあきらめた。 「もしあざがなかったら、人生違っていたかも」と思うことはある。けれど、素顔で外に出かけられるだけで、いまは十分だ。

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青あざ2

青あざ② 出産のたび拡大、気に病む毎日 札幌市の岸田美智代さん(53)は、赤ん坊のころから顔に青いあざがあった。小学校でいじめられたが、皮膚を移植してまであざを消そうとは思わなかった。首筋が隠れるように髪を結ったり、あざ専用のファンデーションを塗ったりして、目立たないようにした。 中学では、あざのことをからかう生徒はいなかった。仲良くなった子は「あざのことは気にしないで」と言い、男女を問わず、同級生が自宅に遊びに来るようになった。 高校を卒業し、地元企業に事務職として就職した。学生時代と違って毎日メークをするようになると、1個1000円前後の専用ファンデーションを月に2、3個使った。 21歳のとき、同期入社の男性と結婚した。あざがあることは結婚前から話していたが、新婚旅行で初めて素顔を見せた。「何も気にしなくていいよ」と話していた夫の表情は、いつもと変わらなかった。 翌年、長男を産んだころ、あざがまぶたまで広がって凄た。「ホルモンバランスが変わったせいかな」。あまり気にしなかった。でも、長女と次女を産むたびに、あざは広がり、30歳になるころには、顔の右側を覆うまでになった。 子育てや仕事に忙しく、離婚も経験した。病院に行く暇がなくて、ファンデーションで隠し続けた。冬、首元まである服を着ると、べっとりとメークがついた。化粧をしていない時に宅配業者などが来ると、居留守を使った。札幌市内でも数カ所でしか売っていないファンデーションの買い置きがなくなると、不安でたまらなかった。 ある日、5、6歳だった長女が、突然、「お母さんの顔、気持ち悪い」と言い出した。5歳上の長男が長女を平手でたたいた。岸田さんは後日、子どもたちに「醜くてごめんね」と言った。 2008年秋、左ほおに以前からあったしこりが痛み出し、KKR札幌医療センター斗南病院(札幌市)を訪れた。しこりを切除するために化粧を落とすと、青いあざがあらわになった。 「真っ白になるとまでは言えませんが、レーザーであざを治辞してみませんか」。形成外科の医師から声をかけられた。 岸田さんはとりあえず、テスト照射を受けることにした。

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青あざ1

青あざ①  額と首筋に…「人とは違うんだ」 今年7月、札幌市の集合住宅の一室で玄関の呼び鈴が鳴った。この部屋に住む岸田美智代さん(53)は、「ちょっと待って下さい」と言いそうになった。「化粧をしなくぢゃ」と思ったからだ。 けれど、思い直してこの日は素顔のまま玄関のドアを開け、宅配業者と向かい合った。 近所のスーパーへの買い物、新聞の集金やベランダでの洗濯もの干し。数カ月前までは、一歩でも外に出るときは必ず化粧をした。顔にある青いあざを隠すためだった。 そのあざは、2008年秋に始めたレーザー治安で、ほとんどわからないまでに薄くなった。とはいっても、この日、宅配の荷物を受け取りながら、少し恥ずかしい気持ちになった。素顔のままで人前に出ることに、まだ慣れていなかった。 人間の皮膚は表面から順に、表皮、真皮、皮下組織に分かれる。青あざは、肌の色を決めるメラニン色素が、真皮に過剰に集まるためにできる。赤ん坊のころ、額の石上部と首筋に青い斑があった。両親は医師から「いずれ消えるでしょう」と説明されたが、数年たっても色は薄くならなかった。 小学生になってすぐ、近所に住む男子大学生が似顔絵を描いてくれた。絵を見た2歳下の妹が額を指さしながら、「ここ足りないよ。青く塗って」と言った。 その言葉が心に刺さった。岸田さんは何も言えず、「自分は他の子とは違うんだ」と初めて実感した。やりとりを知った母に妹がしかられるのを見て、余計つらくなった。 高学年になると、「うつるからそばに寄るな」と言われ、学校に行きたくなくなった。でも、家族には相談できなかった。 買ってもらったばかりのワンピースの背中に、クラスの男の子が油性ペンで落書きをしたときは隠しきれなかった。怒った母が、相手の子の家に怒鳴り込んだ。 中学校に上がる少し前、母から「つらいよね。お母さんの皮膚を移植したら、きれいになるよ」と言われた。 当時の治安の一つに、あざを切除して体の他の部分から皮膚を移植する方法があった。あざは消えるものの、顔に手術の跡は残る。母の体への負担や、費用も心配だった。「このままでいい」。岸田さんはそう返事した。(南宏美)

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床ずれ4

床ずれ⑥情報編 在宅介護にも予防プランを 「床ずれ」 (褥瘡)は、同じ場所が圧迫され続けるとできる。日本褥瘡学会の「在宅褥瘡予防・治療ガイドブック」などによれば、自分で姿勢をかえることや寝返りするのが難しく、日中の多くをベッドや車いすで過ごす▽十分な量の食事がとれずに栄養状態が悪い▽やせて骨が出ている▽尿や便の失禁が続く-といった人たちがなりやすい。 2006年の同学会の実態調査によると、床ずれを起こした人の割合は、一般病院で2・2%、特別養護老人ホーム2・5%、老人保健施設2・7%に対し、訪問看護は8・3%と、施設よりも在宅の方が高かった。 金沢大医薬保健研究域保健学系の須釜淳子教授(創傷看護学)らは、08年に全国の訪問看護ステーションの中から床ずれの患者445人のデータを集め、予防や管蓮法のほか、できやすい場所、要介護度などを分析した。 床ずれは骨が出っ張ったところにできやすいが、最も多かったのは「患者を生きる・床ずれ」で紹介したニツ木君子さんと同じ骨盤の仙骨部で35%。次いで、かかとの骨10・1%、太ももの大腿骨の上端9・9%だった。 患者の割合を要介護産別でみると、要支援1~要介護2では0~4%だが、要介護3になると12・4%に増え、要介護4は18・2%、要介護5では甲5%を占めた。 要介護3以上だと、自力で立ち上がったり、歩いたりするのが難しく、排泄や入浴、着替えも介助が必要な人が多い。床ずれになりやすい条件にも当てはまる人が増えてくる。ガイドブックでは「要介護3以上の人には、必ずケアプランに床ずれ予防を入れ込む」としている。 同学会の在宅医療委員会委員長、南由起子さんは、今後、在宅での床ずれの予防やケアがより重要な課題になると指摘する。必要とする医療や介護のレベルが高い人が在宅で過ごすことや、高齢者が高齢者を介護する「老老介護」が増えてきているためだ。 栄養状態が悪くなったり、動けなくなったりすると、肺炎などにもかかりやすくなる。床ずれを予防することは、ほかの病気や状態の悪化を防ぐことにもつながるという。 「自分で動くことが難しくなってきたら、床ずれの予防や早期治療にもつなげられるよう、訪問看護をケアプランに入れた方がいい。ケアマネジャーに相談して下さい」。南さんはそう助言する。   (寺崎省子)

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床ずれ③  広がる穴 2度の切除手術 横浜市港南区のニツ木修身さん(74)の妻、君子さん(77)は、腰にできた10円玉大の床ずれが治らず、どんどんひどくなった。 ケアマネジャーの紹介で、2008年9月17日、区内のふくろ皮膚科の袋秀平院長が自宅を訪れ、診察してくれた。床ずれは直径約6㌢、骨盤の仙骨のすぐ上までの深さだった。l週間後に訪れると、近くに直径約1㌢の別の穴が開いていた。 10月1日、修身さんは君子さんを伴い、元々患っていた進行性の神経難病などの定期診療で、横浜市立大病院を訪れた。主治医が床ずれを見て「これはひどい」と、入院の手配をしてくれた。壊死するなど悪くなった組織を切除する手術を受けた。 14日、君子さんは退院した。順調にいけば、傷は「肉芽」という組織ができてふさがれるのを待つだけだった。袋さんは週に1回の訪問診療を再開した。 しかし、23日の訪問の後、床ずれは悪化していた。11月3日に袋さんが訪れたときには感染を起こし、うんでいた。悪臭もあった。袋さんは「悪くなった組織をもう一度切除する必要がある」と判断。最終的には傷を閉じる手術も必要なことから、床ずれの治療で日ごろから連携している医寮機関の一つ、市立大付属市民総合医療センター(南区)の再建外科の佐武利彦准教授に連絡した。 連絡を受けた佐武さんは、院内での受け入れ態勢の調整に入った。失禁ケアや床ずれの治療・管理などの専門知識と技術がある日本看護師協会認定の皮膚・排泄ケア認定看護師の井口美奈枝さんは、自動で体圧を分散して除湿する高機能エアマットレスを用意した。 3日後、君子さんは入院した。身長143㌢の君子さんの体重は30キ㌔体格指数のBMIは14・6で「低体重」の判断ラインとなる18・5より大幅に低かった。床ずれは6~9㌢大で、仙骨に触れる深さ。詳しく調べると、さらに上に4㌢、左側に9㌢ほどの穴もできていた。 再建外科の黄聖琥医師が主治医となり、君子さんは壊死したり、うんだりした部分を切除する手術を受けた。 修身さんは自宅での介護を希望したが、床ずれになる要因を探って改善しなければ、退院後に傷が再び悪化する可能性があった。井口さんは担当看護師らと、修身さんの希望を聞きながら、介護環境を整えることにした。

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床ずれ②  薬塗っても悪化、別の医師に相談 横浜市港南区のニツ木修身さん(74)は2008年4月、妻の君子さん(77)の腰に、十円玉大の赤みがあるのに気付いた。 近くの医療機関で床ずれを意味する「褥瘡」と診断され、修身さんは殺菌と傷を治す作用のある薬をガーゼにぬって、毎日交換した。しかし、赤みはどんどん大きくなり、ただれが進んでいった。 「痛いだろう、かわいそうに。一体、何がいけないのか」。修身さんは責任を感じていた。「薬を塗っても、大きくなっているんですが」。医療機関の医師に相談しても、「薬を塗ってください」といった助言しか、かえってこなかった。 君子さんは、区内の特別養護老人ホームが併設するデイサービスに週2回、通っていた。修身さんは塗り薬とガーゼを持たせ、デイでの入浴後に貼り替えてもらっていた。 9月のある日、デイサービスの看護師が「ひどくなってきていますね」と声をかけてくれた。この特養には床ずれに詳しい医師が来て診療しているという。「一度、診てもらってはどうですか」と、看護師は提案した。 ケアマネジャーに相談すると、特養に来ている同区のふくろ皮膚科クリニックの袋秀平院長を紹介してくれた。袋さんは日本褥瘡学会の「在宅褥瘡予防・治療ガイドブック」(08年)の作成に携わっていた。 9月17日、袋さんが自宅を訪れ、君子さんを診察。床ずれは骨盤の仙骨の上の部分。よくできる部位の一つで、直径約6㌢あった。傷の深さは皮下組織を超えて、骨のすぐ上まできていた。 袋さんが食事について聞くと、「口から、自分で食べています」と修身さん。日中、君子さんは車いすで過ごしていると聞き、袋さんは「ドーナツ形の円座はやめ、低反発のクッションにして下さい」と指示した。 傷を洗って清潔に保つことも大切という。袋さんは洗い方も教えた。 毎日1回、傷からしみ出す体液が多いときは2回、低刺激の洗浄剤の泡でやさしく洗い、ふたに穴を開けたペットボトルに人肌の湯を入れてきれいに流す。水は紙おむつなどで吸い取る--という具合だった。 そして、「車いすに座るときは、傷のある場所に圧力がかかり続けないよう注意してください」といった助言をし、それまでとは別の塗り薬を処方した。

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床ずれ1

床ずれ①  車いす生活腰に赤いただれ 「このところ毎日、焼きそばだな」 横浜市港南区の二ツ木修身さん(74)は約7年前、妻君子さん(77)の異変に気付いた。もともと料理は得意だったのに、同じようなメニューが数日間、続くようになった。 「どうしたんだろう」 気になることは、ほかにもあった。息子の妻らへの物言いがきつくなった。近くのスーパーヘ出かけたが、すんなり自宅に戻れず、警察から連絡を受けたこともあった。 2003年5月、横浜市立大病院(横浜市金沢区)で認知症と診断され、アルツハイマー病治療薬を処方された。君子さんは、自宅l階で開いていた琴の教室を閉じた。 やがて腰が曲がり、手が震える症状が出た。06年秋、同病院で認知症に加え、パーキンソン病の疑いもあると言われた。 年明けには歩くことが難しくなり、7月ごろには、日中のほとんどを車いすで過ごす生活に。同病院を再度訪れ、パーキンソン病に似た進行性の神経難病の一つ「大脳皮質基底核変性症」だと診断された。 君子さんは、デイサービスヘ週2回通った。ほかの日は天気が良ければ、修身さんが君子さんを週に2度は車で鎌倉などへ連れて行き、光明寺で桜を見たり、報国寺の竹林を眺めたりして、車いすでの散歩を楽しんだ。 食事も修身さんが1週間のメニューを考え、買い物をして、夫婦2人分を作った。 「私に何かあったらどうするの。料理ができないと困るわよ」。修身さんは以前、君子さんからそう言われ、時々、台所に立っていた。だから苦にならなかった。 08年4月3日、お風呂で君子さんの体を洗っているときに、腰の下の方に、十円玉大の赤みができているのに気付いた。皮膚科もある医療機関に連れて行った。 「これ、何でしょうか」。尋ねる修身さんに、医師は「褥痩ですね。床ずれのことです」。寝たきりの人や車いすの人に多いという。修身さんにとって初めて聞く病名。同じ場所が長時間圧迫を受けることで、皮膚などの組織が壊れてただれることだった。 殺菌と、傷を治す作用がある塗り薬を処方され、「ガーゼに薬を塗って、褥瘡の上に貼ってください」と指示された。修身さんは毎日、言われた通りにガーゼを貼った。しかし、床ずれでできる赤いただれは、どんどん大きくなっていった。   (寺崎筈子)

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アトピー情報5

子どものアトピー⑥情報編 まず症状抑えて、食事見直し アトピー性皮膚炎を患う小さな子どもは、じんましんや呼吸困難などのショック症状を起こす食物アレルギーにも、苦しむことが多い。これは」特定の食べ物を体が異物とみなして免疫が過剰に働いて起こる。 国立病院機構相模原病院の海老沢元宏アレルギー性疾患研究部長らの研究では、同病院でアトピーと診断された乳児の70%以上が食物アレルギーも起こしていた。 「患者を生きる 子どものアトピー」①~⑤で細介した母親のように、アトピーによる湿疹などの症状も徹底した食事制限で治る、と考える人は多い。食物アレルギーが関係しないアトピー性皮膚炎も少なくなく、「区別して考えることが大切」と海老沢部長。 両者の関係については、まだよくわかっていない。国立成育医療研究センターの大矢幸弘アレルギー科医長によると、乳児期にアトピーなどで湿疹ができ、皮膚のバリアが弱まると、皮膚を通して体内に入った食物の成分やホコリが異物と認識され、アレルギー反応を引き起こすことがあるという説が、最近では有力になっているという。 食物アレルギーが疑われる場合でも、まずは皮膚の症状を抑え、.バリア機能を回復させる必要がある。厚生労働省研究班による「食物アレルギーの診療の手引き2008」では、ステロイドの塗り薬やスキンケアといったアトピーの治療をしても症状が改善しない場合、食物アレルギーの影響を疑い、原因の食物を絞り込む=チャート=としている。 血液を採って、食物の成分と反応をしないか調べたり、専門医の監視のもとでその食べ物をとって症状を調べる「食物負荷試験」をしたりして、取りのぞく食物を判断する。 ただ、アレルギーの症状を起こさなくても血液検査に反応することがあるので、注意が必要だ。血液検査だけでなく食物負荷試験などの鞋果をもとに、最小限の食事制限にとどめるのが原則だ。 食物アレルギーが関係しないアトピーも、ダニ、ホコリ対策など家庭での取り組みを続けることが大切だ。 小さな子どもは、自分ではうまくスキンケアができない。「1日2、3回、よく泡立てたせっけんでもみ洗いしてあげて欲しい。継続したスキンケアや掃除などの環境整備は、お子さんの肌をつるつるに保つための出発点です」と大矢医師はいう。  (林義則)

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